Curiosity killed the cat

彼女から見た彼の話。その1

ロボット工学というジャンルでは有名な男、ドクター・クライス。
数々の理論、システムを生み出しているものの、
学会や商談に顔を出す事は一切無く、謎に包まれている男。
そんな謎の男に、なぜ私が会うことになったのか…。
何とも腑に落ちない話ではあるが、大方上司が私を厄介払いしたのだろう。
私の上司は、女のくせに、だの、男のくせに、だのと、
時代錯誤な思想を持っていたから。


受付のロボットに研究員免許を見せると、
平坦な合成音声で目的の部屋までの道筋を指示された。
今時珍しい、至極シンプルなロボットだ。
…その気になればもっと愛想の良いロボットを置けるだろうに。
どうでもいいことを考えながら、一切生活感の無い退屈な廊下を抜ける。
入った時から思ってはいたが、まるで建てたてのショールームそのままのような建物だ。
指示された部屋は、廊下の突き当たりにあった。
その扉だけ、少々へこんでいたり薄汚れていたりで、場違いな使用感があった。
少し躊躇った後、控え目にノックをする。

…………。

何の音もしない。
それはもうものの見事に、何の音もしない。

…今日私が来ることは、伝わっているはずなのに。

少しいらだって強めに扉を叩く。
すると、少し戸がずれていたのか、そのまま扉が緩く開いた。

「……失礼します」

用心深く覗き込みながら、小声で来訪を知らせる。
覗き込んだ部屋の中は、それまでの生活感の無さは何処へやら、
無造作に積み上げられた書類や本でひどく散らかっていた。

「……失礼します!」

少し声を張ると、本の山の右奥から、色々な物を崩しながら、
小柄な人影が、ひどく億劫そうに現れた。

「…あぁ?なんだよ、誰だァ?
ッたくあのおりこうさんロボットめ…知らねぇ人間通すなっていつもいつも……」

ぶつぶつとぼやきながら顔を出した人間は、小柄…と言うよりも、ひどく幼い男、
むしろ少年と形容した方が近い人間だった。

「あ…貴方が、ドクター・クライスですか…?」

偏屈な年寄り研究者を想像していた私は、ひどく面喰ってしまった。
おそらく情けない感じの声が飛び出ていたことだろう。
目の前の少年は、眼鏡を少し上げると、紫の髪の奥から、怪訝そうな目を向けてきた。

「……知らねェなぁ…」
「は、はい?」

ぼそりと呟かれた言葉に肝が冷える。
まさかの人間違いだろうか。それとも、話が伝わっていないとか?
どちらにせよ、これでは不審者として通報されてもおかしくない状況になってしまう。
あれこれと考えを巡らせていると、目の前の少年は不審そうに目を細める。

「……今日来るのはあの口うるせぇジジィのはずだろ?
お前みてぇなお嬢さんが来るなんてさっぱり知らねぇな?
…あ、デリヘルだったら多分訪問先間違ってんぞ?」
「デ、デリヘルじゃありません!」

いきなり下世話なことを言われ、思わず声を荒げてしまった。
ハッと思いなおして一度咳払いをし、極力落ち着いた風を装って説明をする。

「…その、博士の代理で参りました。…メールが、行っているはずですが」
「メールぅ?」

少年はまた色々な物をなぎ倒しながら部屋の奥のデスクに向かう。
デスクの上に積み上げられた物をやはり乱暴に退かし、PCからメールソフトを立ち上げる。
しばらくして、少年は素っ頓狂な声をあげた。

「ハァ!?」
「……連絡、見つかりましたか?」
「あったにはあったが…チッ、あのジジィ何考えてやがる…」

舌打ちを漏らしながら戻ってきた少年は、改めてこちらをまじまじと見つめてきた。

「…私がお嬢さんの面倒を見なきゃいけねぇって?」
「…ええ、博士から、貴方のもとで色々と学ぶようにと」
「面倒くせぇ…」

少年は不機嫌を隠さずに吐き捨てた。
私とて、此処まで来ては引き返せない。
意を決して話を進める。

「私はアリウムと申します。…ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。」
「………トワイス・クライス。…自己紹介するよりも、私のことはアンタの方がよくご存じなんだろ?」
「ええ、あの口うるさいジジィからよく聞き及んでおりますので」

渋々、といった顔で名前を名乗った男に、彼の言葉を借りてにっこりほほ笑むと、
男は一度目を丸くした後、愉快そうに口の端を歪めた。

「アンタ、なかなか良い性格してるな」
「お褒めにあずかり光栄です」

彼は踵を返すと、足で少し書類を退かし、部屋の中に入っていった。
私が入口で立ちつくしていると、振り返らないまま言葉を投げてきた。

「邪魔なもんは適当に退かせ。大体のもんは覚えてるから遠慮すんな。
自分の居場所は自分で確保しとけ」

短く投げられた言葉に、この口の悪い男が了承してくれたことを知る。

「それでは、遠慮なく」

彼の部屋に足を踏み入れる。
まずはこの紙の山を片づけることから始めなくてはいけないらしい。

 

彼から見た彼女の話。

アリウム、と名乗ったその女は、見るからに気が強くて扱いづらそうな女だった。
恐らくあの時代遅れな糞ジジィの所から厄介払いされてきたのだろう。
あのジジィはまったく時代錯誤な価値観を持っている。
奴の下で安穏と過ごしたいなら、女は黙ってケツでも振ってやるのが正解だ。

…実に厄介なことになったものだ。
さて、この関係にはなんと名前をつけたらいいだろうか。
……。
上司と部下、師匠と弟子。
そんな所か、ガラじゃないが。

 


特に何事もなく、アリウムが押し掛けてきてからしばらくがたった。
アリウムはなかなか出来のいい奴だ。
ミスも少ないし、理論的思考ができる女だ。
年下であろう自分にもよく従うし、アリウムの中での判断基準は、
有能かそうでないか、だけであるようだった。
こいつが唯一犯した間違いと言えば、あの糞ジジィの所で働くことを選んでしまったことくらいか。

「…ドクター・クライス」

アリウムが来てから割と片づけられた研究室の端で、アリウムが怪訝そうな声を上げた。

「なんだよ」
「…ドクター・クライスは、御幾つでしたか?」

眉根を寄せてアリウムが尋ねる。
その手に握られているものを見て、合点がいった。

「15だけど?」
「じゅ…っ」

さらっと言い放ってやると、アリウムは非常に分かりやすく顔をひきつらせ、
その後すぐに怒鳴りつけてきた。

「何故15歳の部屋に煙草があるんですか!」
「いやん、折角隠しといたのにー」

ふざけて返すとアリウムはますます顔を赤くした。

「隠す隠さないの問題じゃありません!この部屋、何か変な匂いが取れないと思ったら…
…煙草が合法なのは18歳からでしょう!」
「お堅いねぇ、あんまりお堅いとモテねぇよ、アリウム」

あくまで軽くかわすと、アリウムは少し考えた後に、落ち着いた口調でしゃべりだした。

「こんなものに手を出しているから、15歳だと言うのに背が伸びないんですよ」
「…なっ…!」

自分の中でも数少ないコンプレックスを突かれて思わず変な声が出る。

「そ、それとこれとは関係ねぇだろ!」
「関係あります。煙草は健全な発育に悪影響なんですからね」
「うるせぇな!もう2〜3年経ちゃバリッバリ高身長にならぁ!」
「希望で物事を語るのは感心しませんね、
成長するにはある程度の栄養と健全な生活が必要なんですよ」

それはもう正論を吐かれて言葉に詰まる。
そんなことはな!自分が一番わかってんだよ!
よほど自分は悔しそうな顔をしていたのだろう。
アリウムは勝ち誇ったように笑った。

「それじゃ、これはしばらく没収ですね」

そう言うと、アリウムは煙草を自身のポケットにしまいこんだ。
……しばらく、イライラすることになりそうだ。

 

 

彼女から見た彼の話。その2


ドクター・クライスの研究室に出向し始めてしばらくが経った。
ある程度勝手も分かってきて、この生活感の無い部屋にも慣れ始めた頃。
その日の作業を終え、彼の部屋に退出の挨拶に向かおうとした瞬間。
低い地鳴りと共に、突然の揺れが足元を襲った。
酷い揺れに思わずしゃがみこみ、揺れが収まるのを待つ。
驚きで跳ねまわる心臓を抑え込み、揺れが落ちつくとすぐに、各部屋のチェックに走った。
壊れて困る物がここにはたくさんある。

一部屋一部屋ドアを開けて、中をざっと見まわしながら研究所を回る。
多少落下物などはあるものの、酷い壊れ方はしていないようだ。
少し安心しながら、一番奥の扉のロックに解除コードを入力した時、
ガリン、と酷く嫌な音がした。
さっと血の気が引く。
今の揺れで何かの異変が起きたのだろうか。
この研究室には何があった?
幾つもの薬品と試作品のロボットアーム。他には?
扉の前で立ちつくしていると、背後から足音が聞こえてきた。

「あービビった…。おい、なんか壊れたり…」
「ドクター・クライス…!」

のそのそと歩く彼の言葉をさえぎって出た声は、自分でも驚くほどひっくり返っていた。
それに異変を感じ取ったのか、彼が目を細める。

「何があった?」
「…この部屋の扉が、開かないんです。それに、今の揺れで何かあったみたいで…」

それだけ聞くと、彼は少し眼球を慌ただしく動かし、脳内を検索しているようだった。
少しの間口元に手を当てて考え込んでいた彼だったが、少し眉を寄せたあと口を開いた。

「ちっと、まずいな」
「え…?」

眉を寄せたまま、彼は続ける。

「此処の扉はバイオテロなんかが起きた場合簡易的な防衛手段として扉をロックする仕組みになってる。
それが開かねぇとなると、恐らく中の薬品棚がぶっ壊れてなんかしらの化学反応が起こってるな。
この扉の反応を見るに有毒だ。」
「で、でも、ロックされている限り、大丈夫なんですよね?だったら…」
「んー…」

彼は眉を寄せたまま一度扉のロック機構を覗きこむ。

「…この部屋に、ロボットアームあったろ」
「え、ええ」
「アレ、多分スイッチ入っちまってるな」
「え、でも、スイッチにロックが掛っている…はず…」

そこまで考えてはたと気づく。
…昨日動作確認をした後、私はロックをかけたか?

「……ロック、外れてたんだろうな」

彼は私の様子を一瞥すると、何でもないように呟いた。

「あ、あの…私…」

私がロックを掛け忘れた、という可能性に思い当たり、震える唇で彼に言葉を投げようとすると、彼がそれを遮るように言葉を吐いた。

「あのロボットアームにはまだ完全な安全装置入れられてねぇんだ。
さっさとスイッチ切らねぇと熱暴走起こしてうっかりすると爆発しちまう」

まるで遠足の日程でも説明するように彼は続ける。

「爆発なんかされた日にゃ研究所ボロボロになっちまうだろ?
ってわけで、私はさっさとスイッチ切ってくるから。アリウムはちょっと余所行ってな」
「え、で、でも、中には薬品が…」
「だから余所に行ってなって」
「でも!私のせいで…!」

縋るように続けると、彼は面倒そうに頭を掻いた。

「あー…あんまりこういう事ァ言いたかねぇんだけど…」
「はい…」
「私は、アリウムの、何だ」
「は?」

言い含めるようにゆっくりと彼は言葉を置いていく。

「正解は、上司、それか師匠、でもいいか。ガラじゃねぇけど。
いいか、アンタのケツを拭うのがこの関係性における私の役目だ。……不満か?」
「…不満です」
「ほぉ?」
「止めに行くなら、私が行きます」

毅然と言いきると、彼は皮肉っぽく口の端を釣り上げた。

「それは困るんだなァ。アンタに行かれちゃ、この関係性につける名前がなくなっちまう。
いいか、今はトワイスとアリウムって関係でこの話をしてるんじゃねぇ、
上司と部下って関係で話をしてんだ。指示には従ってもらおうか。」
「……それは…」

私が言い返す言葉が見つからずに口をつぐむと、彼は満足そうに笑った。

「手持無沙汰ってんなら、ちょっと救急辺り呼んでてくれるか。
さすがの私も放っておかれてピンピン出来るようなスーパーマンじゃないんでね」
「…わかりました」


彼は私を廊下へ押し出すと、近所に買い物に行くような風でひらひらと手を振った。
「そんじゃ、グッドラーック」

乱暴に閉められた扉の前でしばらく茫然としていたが、ハッと思いなおして通話端末に走る。
早く、早く、助けを呼ばなければ。
それが、自分ができる、与えられた、最良の手段だった。


****************


それから、何がどうなったのか、正確には覚えていない。
救急隊が到着し、ドクター・クライスが運び出され…。
気付けば病室のベッドの上で退屈そうにしている彼を眺めていた。

「…落ち着いたかね、アリウム」

ぼうっとしていた私に、彼が声をかけてくる。

「…ええ」
「そりゃよかった」

彼は緩慢な動作で起き上がろうとして、バランスを崩した。

「おっと」
「ドクター・クライス!」
「……そんな死にそうな声出さなくても、大丈夫だって」

慌てて庇おうとした私を笑って、彼は無くした左腕を一瞥した。

「不思議なもんだな。感覚的にはある感じするんだけどなぁ」
「………。」

恐らく私はひどい顔をしていたのだろう。
彼は小馬鹿にするように笑った。

「ばーか、何情けねぇ顔してんだ。いいかぁ?最近の義手技術を舐めんじゃねぇぞ。
生身の腕より良いくらいじゃねぇか」
「ですが…」
「いやぁ、まさかロボットアームが小爆発するとは思ってなかったからなぁ。
ま、研究室がぶッ壊れなかっただけ良しってやつだ」

からから笑う彼は本当に良かったと思っているようでもあったが、不格好な虚勢を張っているようでもあった。

「ま、もう背が伸びねぇのは不服だがな」

ポロっと後付けのように吐かれた言葉に、思考がまた止まった。

「え?」
「あれ、医者から聞いてなかったか?
あの薬品、致死性はねぇけど、ホルモンバランスがおかしくなるみてぇなんだ。
つまり、私の身体的成長は見込めねぇって話だな。ピーターパン万歳ってとこか?」
「……貴方みたいな…ピーターパンが居てたまりますか……」

頭が追い付かずに、素っ頓狂な返しをしてしまう。
ああ、私は、なんてことを!
目の前の少年の、優秀な若者の、未来を、奪ってしまったなんて!
知らないうちに、涙が零れてしまっていた。
そんな私を見て、彼は不機嫌そうに眉を寄せた。

「おい、あんまり思い上がんなよ」
「え…?」

まさかの脅し文句を吐かれて、驚いて彼の顔を見ると、
ひどく苛立った顔をしていた。

「アリウム、お前が犯したミスは一つだけだ。ロックの掛け忘れってだけのな。
それ自体は大したもんじゃねぇ。精々トイレ掃除一日分程度の過失だ。
この結果を招いたのは天災と私の判断だ。
私は私の判断でこの結果を選んだ。それだけだ。」
「………ドクター・クライス…」
「あと、一つ言っておく。私は憐れまれたり私の判断を侮辱されるのが大っ嫌いだ。」

それだけ言うと、彼はふいっと窓の方に顔をそらしてしまった。
私は何も言えず、ただ彼の後姿を眺めていた。


*************


それから、彼、ドクター・クライスは左腕を義手で補い、何事もなかったかのように研究所に戻ってきた。
彼が少し変わったことと言えば、少々ぼんやりする時間が増えたことと、
以前から片手間に書いていた何かの研究書に裂く時間が増えたことくらいだろうか。

それから、何年も、特に何の事故も変化も無く、つつがなく過ぎて行った。
彼は相変わらず色々と活躍していたし、ナノマシンなんていう画期的なものもつくり出すくらいだった。
しかし、ある日。
突然彼は、全ての資料、資材を始末し、姿を消した。













君が見た何かの話。


絹糸のような雨が降り続けている。
およそ無音に近いほど敷き詰められた雨音の中で、
消え入りそうな声がひとつ落ちた。


「…アンタ…人を殺したこと、無かっただろ?」


「……いいぜ、貰ってやるよ、アンタの、ハジメテ。」


ふざけるような声音が、掠れた息の間から零れて、
そしてまた、しばらくの間、雨音だけが鳴っていた。

「………はは、ひでー顔。
…何も変わらねぇよ、アンタが山ほど壊してきたロボットの最期と、これは何も変わらねぇよ。
……ああ、考えろ、考えろ。…傷付け、傷つけ。
……それでこそ、人間は、人間で居られる。
……人間は、神なんかじゃ、ねぇんだからな」


雨音に押しつぶされそうな独白が零れて、それからはぱったりと声は止んでしまった。
しばらくして、本当にしばらくして、足音が一つ、去って行った。