そのブラックボックスに
I
はあるか?

過去の話。


“オレ”という自覚がいつからあったのか、明確には覚えていない。
気が付いた時には、オレは“フィフス”と呼ばれていたし、
この手には銃火器が握られていたし、命じられた機械を壊す仕事をしていた。
いつも隣に居る男が言うには、オレが壊すのは、会社に不利益なロボット共らしい。
だからオレは、命じられるままに、ロボット共を壊していた。

その日も、男に連れられてぼろっちい家に向かった。
人が住んでいるのかよくわからない、あちこち崩れかかった家だった。
歪んだ音のチャイムを鳴らすと、おどおどとした様子の女が出てきた。

「……あの…何か、御用ですか…?」
「…こんにちは、奥さん。ちょっと聞きたいことがありましてね…」

隣に立った男が気持ち悪い猫なで声で続ける。

「…貴女のお家に、こちらのロボットが厄介になっていると聞いたのですが…」

男が胸元のポケットから微笑みながら取りだした写真を一瞥して、女の顔色が変わる。
ちらりと見えたが、何の変哲もない、子供型のロボットだ。

「し、知りません!帰ってください!」

女はそう叫ぶと、乱暴に戸を閉ざしてしまった。
隣に立つ男は顔に不自然に貼りついた笑みを即座に剥がすと、くい、っと顎で閉ざされた戸を差した。

「開けろ」

投げつけられた言葉に従って、手にした銃で戸を破壊して道を開く。
土足のまま荒れた家の中に入っていくと、一番奥の部屋に女の姿があった。

「こっ…来ないで…!来ないでください…!」

女が必死に庇うその腕の中には、写真の子どもロボットが居た。
そのロボットは実にぼんやりとした顔で必死な女を見上げている。

「…奥さん、……管理課の一事務員が、諜報用ロボットを持ちだして…どうするつもりだったんです?」

男は無表情なまま、女とロボットを見下ろしている。
女は唇を噛んで悔しそうに下を向いたまま黙っている。

「…答えてくれないと、ねぇ、
奥さんのことを国家反逆スパイとしての扱いしなきゃいけなくなっちゃうんですよねぇ」
「…っ、す、スパイ、なんかじゃありません…」
「じゃあなぜ?」

高圧的な態度を崩さない男に、女はロボットを抱く手に一層力を込めて、言葉をこぼし始めた。
それは独白のようでもあり、贖罪のようでもあり、非難のようでもあった。

「……この子が、諜報用のロボットだとか…そんなことはどうでもいいんです…。ただ…昔私が亡くした子に…よく似ていて…。ただ…この子と…一緒に暮らしたいだけなんです…」

途切れ途切れに吐かれた言葉が終わるのを待っていたように、隣に立つ男が軽く手を叩いた。

「分かりました。…いやぁ、実に…」

少しの期待を込めて見上げた女の視線に、微笑みを一つ返し、男は続けた。

「実に有り触れていて陳腐で取るに足らない理由じゃないですか」

さらりと言い放った男の顔を見上げ、女が目を丸くする。

「な…な……」

何も言葉に出来ないといった様子の女に、男は流暢に続ける。

「そんなに子どもに似ているロボットが欲しければ、イチからオーダーメイドで作ればいい。
仕事場のロボットを盗みだす理由にはなりませんね。
ああ、金がないなんて言い訳にはなりませんよ。」

言葉に詰まった女を見下ろすと、男は勝ち誇ったように一つ笑った。

「…さて、ご納得いただけましたかな?」
「……そんなこと…分かってるわ…!でも…でも…!」

抵抗する女から呆れたように視線をそらした男は、無表情でこちらを見、一言告げた。

「埒が明かねぇ、フィフス、壊せ」

顎で女が抱くロボットを指して男が言うと、
女は自らを盾にするようにますます子供型ロボットを抱きしめた。

「どいていただけますか、奥さん!」

男が女の肩を掴んで引きはがす。
女は必至の形相で抵抗する。
ロボットは相変わらずぼうっとした表情のままだ。

「やめて!やめてよ!こ、壊す事無いでしょう!
私は、ただ!この子と生きていきたいだけなのに…!!」
「諜報用のロボットを野放しにしておくなんて不可能なんですよ!
諜報用、という意味がわかっていますか?」

嘲るような男の声と、やかましい女の声が交差する。
ああ、うるさいうるさいうるさい。

「…放っておいたら良いじゃん」

つい口を突いて零れた言葉に、空気が静止した。
男も女も、何か信じられないものを見る目でこちらを見る。
何だって言うんだ、まったく。

「…おい、お前、何言ってやがる…」

男が絞り出すように呟いた。

「だから、放っておいたら良いじゃん。別に、なんかしよーってわけじゃねぇんだろ?」

吐き捨てるように言うと、女は思わぬ助け船を得たような顔をしてこちらを見上げる。
男は動揺といらだちがない交ぜになった声で叫んだ。

「は…はは…ついにぶッ壊れたかァ!?なあオイ、フィフス!馬鹿言ってんじゃねぇぞ、この女の可哀想話に胸打たれたってか?ロボットの癖によ!…コイツは人間とロボットの区別も付けられねェ只のキチガイだよ!頭のおかしい異常性癖持ちだ!」

そう叫ぶと男はオレの胸倉を掴んだ。
そして、押し殺した低い声で囁いた。

「…テメェなんざもう用済みだ。ココが片付いたら廃棄工場にぶち込んでやる」

そして男がオレの胸を強く叩いた瞬間、
強制終了スイッチが押され、動力が落ち、目の前が真っ暗になった。
暗闇に落ちる寸前、子供型ロボットのぼんやりとした目と視線がぶつかった。
ああ、ばーか。
なぜか、あの目がずっとむかついていて仕方なかった。

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強制的に起動が起こり、唐突に意識が戻ってきた。
強制シャットダウンの影響か目の前がちかちかする。
それに、何か重大なデータが欠損している気がする。
…いや、これは意図的にデリートされたのだろうか。

仰向けになったままぼんやりと天井を見上げていたら、
天井の隅に乱暴に書かれた「天国はコチラ」という落書きが目に入った。
錆びついた金属が軋む音が広い空間にこだましている。
ぶっ壊れたロボットたちの腕や足や頭が、其処ら中に山積みになっていた。
最早ただのオブジェと化したそれらの中で、ゆっくりと身体を起こすと、
視界の端にふと動くものが目に入った。
そちらに目をやると、赤い髪の男型ロボットが天井の落書きを見上げて何か考えていた。
やがて、赤い髪のロボットは何かを決心したかのように頷いた。
そして、落書きの矢印が指し示す先に視線を向けた。
確証は無かった。
それどころか完全に推測でしかなかったが、思わず口を突いて言葉が零れた。

「…逃げるんだろ、オレも、連れてってくれよ!」

赤い髪のロボットが、こちらを向いて驚いたように目を丸くした。